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大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)686号 判決

大阪市阿倍野区天王寺町北三丁目二番一八号

原告

西村芳治

右訴訟代理人弁護士

香川公一

太田隆徳

石橋一晁

川浪満和

服部素明

林信豪

柴山正実

大阪市阿倍野区三明町二丁目一〇番二九号

被告

阿倍野税務署長

佐藤和夫

大阪市東区大手前之町

被告

大阪国税局長

山内宏

東京都千代田区霞ヶ関

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右被告三名訴訟代理人弁護士

益田哲生

右被告三名指定代理人

麻田正勝

山口勝司

中村哲

上野旭

辻貞夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、申立

1. 原告

(一)  被告阿倍野税務署長が昭和四一年七月二五日付でした、原告の昭和四〇年分所得税の総所得金額を金一、〇一六、一〇〇円とする更正処分を取消す。

(二)  被告大阪国税局長が昭和四三年四月四日付でした、原告の審査請求を棄却する裁決を取消す。

(三)  被告国は原告に対し、金五万円とこれに対する昭和四三年七月一三日から完済まで年五分の金員を支払え。

(四)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および(三)項につき仮執行の宣言を求める。

2. 被告ら

主文同旨の判決を求める。

二、主張

1. 請求原因

(一)  原告はクリーニング業を営んでいる者であるが、被告署長に対し原告の昭和四〇年分所得税の総所得金額を金七三七、五〇〇円とする確定申告(白色)をしたところ、被告署長は昭和四一年七月二五日付で右総所得金額を金一、〇一六、一〇〇円とする更正処分をした。原告はこれを不服として被告署長に異議申立をしたが棄却されたので、さらに同年一一月一八日被告局長に審査請求をしたが、同被告は昭和四三年四月四日付で審査請求棄却の裁決をした。

(二)  被告署長の本件更正処分にはつぎのような違法があるから、その取消を求める。

(1)  原告の総所得金額は確定申告のとおりであり、本件更正処分は原告の所得を過大に認定している。

(2)  本件更正処分の通知書には理由の記載が全く不十分である。これは不服審査制度における争点主義に反する。

(3)  本件更正処分は、原告の生活と営業を不当に妨害するような方法による調査にもとづくものであり、正当な調査手続を履践せず、かつ原告が民主商工会員である故をもつて他の納税者と差別し、民主商工会の弱体化を企図してなされたものである。

(三)  被告局長の本件裁決は、何らの調査もしないでなされた違法がある。

(四)  被告局長は原告の審査請求に対し速やかに裁決をすべきであり、またそれができたのに、故意にこれを遅延させ、一年五か月も放置して、原告の速やかに行政救済を受ける権利を違法に侵害した。原告はこれにより有形無形の損害を蒙つたが、これを慰藉する金額は少なくとも五万円を下らない。

そこで原告は国家賠償法一条にもとづき被告国に対し、金五万円とこれに対する右不法行為の後である昭和四三年七月一三日から完済まで年五分の遅延損害金の支払を求める。

2. 被告らの認否

請求原因(一)の事実を認め、同(二)(三)(四)の主張を争う。

3. 被告署長の主張

(一)  原告はその営業に関する帳簿を備え付けておらず、また証憑書類については焼却あるいは紛失したと申し立ててこれを提示しなかつたため、実額による所得計算ができなかつたので、被告署長は推計にもとづき本件更正処分をした。

(二)  原告の昭和四〇年分の所得は別紙一の所得計算表A欄記載のとおりである(第一次的主張)

(1)  収入金額は、この年の各種包装紙の仕入枚数にそれぞれの包装品目の収入単価を乗じて算定した。その明細は別紙二の収入金額計算表のとおりである。

(2)  標準経費(原価および一般経費)は、右収入金額に同業者の標準経費率三四・七二パーセントを乗じて算出した。この標準経費率は、大阪国税局管内八三税務署中、大蔵省組織規程上種別Aとされている四六税務署の管内における個人経営のクリーニング業者で、昭和四〇年分所得の実額調査を行なつた事例(青色申告者については実地調査、白色申告者については収支実額調査により確実に実額を把握したもの。ただし、年の中途で開廃業した者、不服申立ないし訴訟係属中の者など、特殊事情を有する者を除く)合計五九例から得た平均値である。

(三)  こころみに右(二)(2)記載の実額調査にかかる五九例から従事員一人当りの平均収入金額を求めると七八八、〇〇〇円であり、これを原告(その従事員数六名)に適用して計算すると、別紙一の所得計算表B欄記載のとおりとなる(第二次的主張)。

4. 被告署長の主張に対する原告の認否

(一)  別紙一の所得計算表AB欄の金額に対する原告の認否は、同表C欄記載のとおりである。

(二)  別紙二の収入金額計算表中、A欄(包装紙の種類)、C欄(仕入枚数)はすべて認める。しかし包装紙は控え目に見ても一割のロスを見込むべきである。

同表B欄(包装品目)とD欄(単価)は1.4.5.7を認め、2.3.6.8.を争う。これを詳説すると、

(1)  右2の長四切を包装に使用する品目と単価は、白衣(三〇円)、作業ズボン(五〇円)ブラウス(六〇円)、エンカン服(六〇円)、ズボン(一五〇円)、スカート(一〇〇円)、前かけ(一〇円)で、このうち単価の高いズボンとスカートは約一割にすぎず、残りの九割は単価の低いものばかりであり、これを平均して単一単価で計算するとすれば、五〇円位とみるのが適当である。

(2)  右3の二切の包装品目は九割が敷布で、その単価は九〇円である。したがつてこれを単一単価で計算するなら、多目に見てもせいぜい一〇〇円位である。

(3)  右6のスーツ用ポリ袋を使用する品目と単価は、セーター(一〇〇円)とズボン(一五〇円)で、その使用比率は四対六位だから、単一単価で計算するとすれば、一三〇円位が適正である。

(4)  右8の背広用ポリ袋を使用する品目と単価は、ワンピース(二〇〇円)とスーツ(三〇〇円)で、その使用比率は四対六位だから、単一単価で計算するとすれば、二六〇円位が適正である。

三、証拠

証拠の提出、援用、認否は記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりである。

理由

一、請求原因(一)の事実(原告の営業と本件更正処分、裁決の存在)は当事者間に争いがない。

二、更正処分取消請求について

1. 原告の昭和四〇年分総所得金額

(一)  証人堀義秀の証言によれば、原告は昭和四〇年当時その営業に関する帳簿書類としては、源泉徴収簿を除き何も備え付けておらず、原始記録類も保存していないことが認められ、その所得の実額を把握できる資料が存しないから、推計によりこれを算定する必要がある。

そして被告署長の主張する推計方法は、他に特段の事情のないかぎり合理的な方法として是認すべきであり、本件においてこれを不当とする事由は見当らない。

(二)  収入金額

(1)  別紙二の収入金額計算表中、A欄(包装紙の種類)とC欄(仕入枚数)の全部、B欄(包装品目)とD欄(単価)のうち番号1.4.5.7.については、当事者間に争いがない。

(2)  成立に争いのない乙第三号証、証人堀義秀の証言により真正に成立したと認める乙第五一号証および同証言によれば、右収入金額計算表中、番号2の長四切を包装に使用する品目はブラウス、スカートなどで、その収入単価は平均して七五円を下らないこと、番号3の二切の包装品目は婦人服もので、その収入単価は平均して一七五円を下らないこと、番号6のスーツ用ポリ袋はその名称のとおりスーツの包装に使用するものと考えられ、収入単価は協定価格より値引して三〇〇円であつたこと、番号8の背広用ポリ袋も同様に背広を包装するものと考えられ、収入単価はやはり協定価格より値引して三五〇円であつたことが認められ、これに反する証拠はない。

(3)  包装紙類の期首と期末の手持数量については、他に格別の証拠もないから、ほぼ同数であつたものと推認すべく、なお右包装紙の使用上原告の主張するほどのロスがあるという証拠もないので、この年の仕入枚数を年間の使用数量とみて推計して妨げないというべきである。

(4)  そこで各種包装紙の仕入枚数にそれぞれの収入単価を乗じて収入金額を計算すると、別紙二のE欄記載のとおり計金三、六九一、五〇〇円となる。

(三)  標準経費

その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第四ないし第五〇号証(枝番を含む)、第五二、第五三号証によれば、被告署長の主張(二)(2)記載の同業者五九例から得た標準経費率は三四・七二パーセントであることが認められ、これを原告に適用し、右収入金額に乗じて原告の標準経費を計算すると、金一、二八一、六八九円となる。

(四)  特別経費および事業専従者控除額については、当事者間に争いがない。

(五)  そうすると、原告の昭和四〇年分総所得金額は金一、二五一、七三四円となり、これは本件更正額を上廻る。

2. 手続的違法の主張について

(一)  原告は、本件更正通知書の理由の記載が不十分であると主張するが、原告が、白色申告者であることは原告の自認するところであり、白色申告者に対しては更正の理由付記は法律上要求されていないから、右は何ら違反事由とはならない。

(二)  調査の違法および他事考慮の主張については、これを認めるべき証拠がない。

三、裁決取消請求について

この点についても原告の主張を認めるに足る証拠はなく裁決に違法があるとはいえない。

四、国家賠償請求について

原告が昭和四一年一一月一八日に審査請求をし、被告局長が昭和四三年四月四日付で本件裁決をしたことは当事者間に争いがなく、この事実によれば審査請求から裁決までの期間は一年四か月余であるが、被告局長が同種事案を大量に処理しなければならないことを考慮すると、この程度の期間を要したからといつて、直ちに原告の速やかに行政救済を受ける権利が侵害されたとはいいがたく、原告の国家賠償請求は理由がない。

五、よつて原告の本訴請求をすべて失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 裁判官石井彦寿は転任につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 下出義明)

別紙一 所得計算表

〈省略〉

別紙二 収入金額計算表

〈省略〉

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